うまくいかなかったとき、私たちは何を変えるべきなのでしょうか。
神武東征の途中、神倭伊波礼毘古命の軍勢は、浪速で登美能那賀須泥毘古の軍勢に阻まれ、兄の五瀬命が深い傷を負いました。しかし、神倭伊波礼毘古命は、そこで東征を諦めませんでした。自分たちの戦い方を問い直し、正面から東へ進む道を改め、南へ大きく迂回する道を選ばれたのです。変えたのは目的ではありません。目的に至る道でした。
第80回七五読み古事記勉強会では、この転換点を中心に、五瀬命の負傷と死、地名に残された記憶、原文に使われた「崩」という一文字の意味を考えました。失敗を誰かのせいにして終わるのではなく、そこから何を学び、どのような未来を始めるのか。「うまくいかなければ、目的を変えずに、道を変える。」
古事記に描かれた出来事を通して、観測点を動かすことと、出口設計の智慧を学びます。

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第80回七五読み古事記勉強会「神武天皇3」――目的に至る道を問い直す
――神武東征の敗戦と五瀬命の負傷から学ぶ、出口を変えずに道を変える智慧

2026年9月8日(火曜日)開催
講師:小名木善行

うまくいかなかったとき、何を変えるのか

何かに取り組んでいて、思うような結果が得られなかったとき、私たちは、もう一度、同じ方法で挑戦したり、やり方を少し工夫したり、あるいは、もう無理だと考えて、目標そのものを諦めてしまったりします。
人によって、さまざまな選択があると思います。

けれど、ここで一つ、考えてみたいことがあります。
うまくいかなかったのは、目的が間違っていたからなのでしょうか。
それとも、その目的に至る道が、間違っていたのでしょうか。

この二つは、似ているようで、まったく違います。

今回の第80回七五読み古事記勉強会では、神武天皇の東征を扱った三回目として、浪速での戦いと五瀬命の負傷、そしてその後の進路変更について学びました。

神倭伊波礼毘古命(かむやまといわれびこのみこと)、後の神武天皇は、東征の途中で大きな困難に直面されます。
軍勢を率いて進んできたものの、浪速の地で登美能那賀須泥毘古(とみのながすねびこ)の軍勢に阻まれ、兄の五瀬命(いつせのみこと)が負傷してしまうのです。

普通に考えれば、これは東征における重大な失敗です。

ところが、『古事記』は、そこで物語を終わらせません。
神倭伊波礼毘古命は、なぜ戦いがうまくいかなかったのかを考え、進むべき道を大きく変更されます。

今回の学びの中心は、この決断にあります。

目的を変えずに、道を変える。

それは、現代を生きる私たちにも、大切な示唆を与えてくれるのではないでしょうか。

第一章 浪速での敗戦――東征に起きた最初の大きな転機

前回までの学びでは、神倭伊波礼毘古命が日向を出発し、東へ向かう道のりをたどりました。

豊国の宇佐宮、筑紫の岡田宮、安芸国の多祁理宮、吉備の高嶋宮。
『古事記』には、安芸国では七年、吉備国では八年にわたって滞在したことが記されています。
東征は、一気に目的地へと進んだわけではありません。
長い年月をかけ、各地に滞在しながら、少しずつ進んでいったのです。

そして、速吸門では、亀の甲に乗って釣りをしている国つ神と出会います。
神倭伊波礼毘古命は、その者に仕える意思があるかを尋ね、御船に迎え入れました。
海路に詳しいその者には、槁根津日子(さおねつひこ)という名前が与えられます。

未知の土地へ向かうとき、そこに暮らす人々の知識や経験が必要になる。

ここにも、人と人との結びが描かれていると考えることができます。

さて、こうして東へ進んだ軍勢は、浪速の渡りを経て、青雲の白肩津へと至ります。
そこで待ち受けていたのが、登美能那賀須泥毘古の軍勢でした。
戦いが始まります。
しかし、神倭伊波礼毘古命の軍勢は、思うように戦いを進めることができません。
そして、この戦いの中で、兄の五瀬命が御手に傷を負ってしまいます。

これは、東征の道のりにおいて、重大な出来事でした。

ここで注目したいのは、『古事記』が、後に初代天皇となる人物を、最初から何でもうまくいく英雄としては描いていないということです。

行く手を阻まれ、身内に負傷者を出し、進むべき道の変更を迫られる。
そこには、思い通りにならない現実があります。

けれど、重要なのは、失敗したことそのものではありません。
失敗したあとに、何を考え、何を選んだのか。
そこに、今回の物語の大切な意味があるのです。

第二章 相手を悪者にするのではなく、自分たちの側を問い直す

戦いに敗れたとき、人はつい相手のせいにしたくなるものです。
 敵が強すぎた。
 相手のやり方が卑怯だった。
 運が悪かった。
 自分たちは間違っていなかった。
もちろん、実際に相手の側に問題があることだってあります。
ですから、何でも自分が悪いと考えればよいという話ではありません。

しかし、相手を責めることだけで終わってしまったら、次の行動につながるでしょうか。

神武東征の物語では、ここで重要な言葉が登場します。
「吾者為日神之御子、向日而戰不良」

自分たちは日の神の御子であるのに、日に向かって戦ったことが良くなかった、という趣旨の言葉です。

ここで神倭伊波礼毘古命は、敵が悪かったから負けた、とは述べていません。
まず、自分たちの戦い方に問題があったのではないかと考えられたのです。

この姿勢は、現代にも通じるものがあります。

たとえば、会社で新しい事業を始めたものの、うまくいかなかったとします。
そのとき、顧客が悪い、社員が悪い、景気が悪い、と周囲を責めるだけでは、問題は解決しません。
もちろん、市場環境や競争相手など、自分たちでは変えられない条件もあります。
しかし、そのような条件の中で、自分たちのやり方を変える余地はなかったのか。
別の方法はなかったのか。
そもそも、何を目的としていたのか。
そう問い直すことで、初めて新しい可能性が生まれてきます。

家庭でも同じです。
親子の意見が合わないとき、相手が間違っていると決めつけるだけでは、対立が深まってしまうかもしれません。
けれど、少し観測点を動かして、相手には相手の事情があると考えてみる。
そのうえで、自分の伝え方や関わり方にも改善できるところがないかを考える。
すると、これまでとは違う道が見えてくることがあります。

相手を裁くことと、問題を解決することは、同じではありません。

今回の『古事記』の一節からは、そのような問いを立てることができるのです。

第三章 目的を変えず、道を変える

神倭伊波礼毘古命は、浪速での戦いを経験したあと、進路を変える決断をされます。
それまでのように、西から東へ、正面から大和を目指す道を改めるのです。
そして、大きく南へ回り、熊野方面から大和へ向かう道を選ばれます。

ここが、今回の学びの大きなポイントです。

変えたのは目的ではありません。目的に至る道です。

大和へ向かうという目的そのものを捨てたわけではありません。
けれど、それまでの進み方を、そのまま続けようとはしなかった。
うまくいかない方法を、ただ繰り返すのではなく、目的地へ至る道を考え直したのです。

これは、出口設計(Exit Design)を考えるうえでも、とても重要なことです。

何か問題が起きたとき、私たちはしばしば、目の前の問題そのものに意識を奪われてしまいます。
しかし、もともと何のために取り組んでいたのか。
最後に、どのような状態を実現したかったのか。
そこに立ち戻ってみると、目の前の方法にこだわる必要がないことに気づく場合があります。

たとえば、子供に勉強してほしいと考える親がいたとします。
その目的は、子供を叱ることでしょうか。
そうではありません。
子供が学ぶ力を身につけ、将来、自分の力で生きていけるようになることではないでしょうか。

だとしたら、叱ってもうまくいかないのであれば、別の方法を考えてみる。
 一緒に学ぶ。
 興味のあるところから始める。
 できたことを認める。
 あるいは、少し時間を置く。
方法はいくつもあります。
大切なことは、叱るという方法にこだわることではなく、子供が学び、成長していくという目的に立ち戻ることです。

会社でも、地域でも、国づくりでも、同じことがいえます。

出口を変えるのではなく、出口へ至る道を変える。

今回の神武東征の物語は、そのことを考えるための、非常にわかりやすい題材になっています。

第四章 日を背負う――立つ位置を変えるということ

進路の変更には、もう一つ大切な意味があります。
それが、**「日を背負う」**ということです。

先ほどの原文には、「向日而戰不良」とありました。
日に向かって戦ったことが良くなかったというのです。

この言葉を、まず戦術的に考えてみましょう。
太陽を正面にして戦えば、時間帯によっては、光が目に入り、相手が見えにくくなることがあります。
反対に、太陽を背にして戦えば、そうした不利を避けられる場合があります。
つまり、「日を背負う」とは、実際の戦い方に関わる問題として読むことができます。

しかし、今回の講義では、そこからもう一つ、観測点を動かしてみました。
神倭伊波礼毘古命は、自らを「日神之御子」と述べています。
日の神の御子として、自分たちは何者なのか。
何のために進んでいるのか。
その原点を、あらためて確認し直された場面として読むこともできるのではないでしょうか。

もちろん、原文が現代的な意味での自己認識や組織理念を論じていると断定するものではありません。
けれど、そのような観測点から読むことで、現代にも通じる問いが生まれます。
人は、目の前の困難に直面すると、目的を見失うことがあります。

勝つことだけが目的になる。
相手を打ち負かすことだけが目的になる。
あるいは、自分の正しさを証明することだけが目的になる。

しかし、そもそも何のために始めたことだったのでしょうか。
何を守り、どのような未来をつくるために取り組んでいたのでしょうか。
そこに立ち戻ることができれば、戦い方そのものが変わるかもしれません。

立つ位置を変えると、見える景色が変わります。
見える景色が変わると、選べる道も変わります。

「日を背負う」という言葉には、そのようなことを考える手がかりもあると思うのです。

第五章 五瀬命の負傷――一人の痛みが、大きな転換点になる

さて、浪速での戦いにおいて、五瀬命は御手に深い傷を負われました。
軍勢は南へと回り、血沼海(ちぬのうみ)へと至ります。
『古事記』には、五瀬命が御手の血を海水で洗われたことが記されています。
そこから、血沼海という名が生まれたと語られています。

さらに進んだ一行は、紀伊国の男之水門(おのみなと)に至ります。
そこで五瀬命は、負傷したまま亡くなることへの思いを述べられ、雄々しく叫んで、そのまま薨去されたと物語は伝えています。

御陵は紀伊国の竈山(かまやま)にあると記されています。

ここで考えてみたいことがあります。

五瀬命の負傷と死は、単に東征の途中で起きた悲しい出来事だったのでしょうか。
もちろん、一人の人間の負傷や死を、後の成功のための犠牲として簡単に片づけてよいわけではありません。
人の生命は、それぞれにかけがえのないものです。
しかし、物語全体を俯瞰してみると、五瀬命の負傷は、その後の東征の進路を大きく変える契機にもなっています。

それまでの進み方では、思うように目的を達成できなかった。
そこで、なぜうまくいかなかったのかを問い直す。
そして、別の道を選ぶ。

その決断が、後の熊野から大和へ向かう展開につながっていくのです。

一つの出来事が、全体の進路を変える転換点になることがあります。

これは、私たちの人生でも同じです。
思い通りに進んでいるときには、なかなか気づけないことがあります。
ところが、失敗したり、予想もしなかった出来事が起きたりすると、それまで当たり前だと思っていた方法を見直さざるを得なくなります。
その経験は、決して楽しいものではないかもしれません。
けれど、その出来事を通じて、新しい道が見つかる場合があります。

大切なのは、起きた出来事を無理に美化することではありません。
その出来事から、何を学び、どのような未来を始めるのか。
そこに目を向けることです。

五瀬命の負傷と死も、そうした観測点から考えることができるのではないでしょうか。

第六章 土地が物語を語りつづける――地名に残された記憶

今回の物語には、いくつもの地名が登場します。
浪速。青雲の白肩津。血沼海。男之水門。そして、竈山。
これらの地名について、『古事記』は、出来事と結びつけて説明しています。

たとえば、血沼海は、五瀬命が御手の血を海水で洗われたことによって、その名がついたと語られます。
男之水門も、五瀬命が雄々しく叫ばれたことと結びつけられています。
このように、土地の名前と物語が結ばれていることには、興味深いものがあります。

人間は、時間が経てば、さまざまな出来事を忘れていきます。
その出来事を直接知っていた人々も、やがて世を去ります。
しかし、土地の名前が残れば、後の人々が、その名の由来を尋ねることがあります。

「なぜ、この土地は、こんな名前なのだろう?」

その問いから、昔の出来事を知ることができる場合があります。

もちろん、『古事記』に記された地名の由来を、すべて現在の地名学や地理学で確定した事実として扱うことはできません。
古代の地名については、伝承や比定の問題もあります。
けれど、地名と物語が結びつき、後の世代へと伝えられていくという構造は、とても大切です。

土地が、物語を語りつづける。
そして、その土地の名を受け継いだ人々が、そこに込められた過去の出来事を、あらためて問い直す。

そう考えると、地名もまた、過去と現在を結ぶ一つの文化であるといえるのではないでしょうか。

第七章 五瀬命に「崩」と書かれた理由

今回の勉強会では、もう一つ、原文の文字について興味深い問題を取り上げました。

五瀬命の死を記した、**「男建而崩」**という一節です。
ここで使われているのが、「崩」という文字です。

現代では、天皇の死について「崩御」という言葉を用い、皇族については「薨去」などの言葉を用います。
ところが、五瀬命は天皇として即位した人物ではありません。
それにもかかわらず、『古事記』の原文では「崩」という文字が使われているのです。

なぜでしょうか。

日神の御子としての尊貴さを表現したのでしょうか。
それとも、『古事記』が編まれた時代と、後世の敬語や身分に応じた用語法が異なっていたのでしょうか。

ここは、簡単に結論を出すことができません。
一つの文字だけで、古代の制度や身分秩序を断定することもできません。

しかし、だからこそ、おもしろいのです。
普段なら読み過ごしてしまうような、たった一文字。
その一文字に疑問を持つことで、古代の言葉の使い方や、人物をどのように位置づけていたのかという、新しい問いが生まれます。

古典を学ぶというのは、書かれていることを、そのまま覚えることだけではありません。
なぜ、この文字が使われたのだろう。
なぜ、このような表現になっているのだろう。
そのような問いを持つことです。

そして、答えがすぐに見つからなくても、問いを大切に持ち続ける。
そこから、新しい知見が生まれることがあります。

今回の「崩」という一文字も、そうした学びの一例です。

第八章 失敗は終わりではない――問い直すことで道は開ける

さて、今回の物語を現代の暮らしに引き寄せて考えてみます。
私たちは、誰でも失敗します。
努力したのに結果が出ないこともあります。
一生懸命に相手を思ってしたことが、かえって相手を傷つけてしまうこともあります。
良かれと思って始めた仕事が、思うように進まないこともあります。

そんなとき、人はどうしても、誰かのせいにしたくなるものです。
けれど、誰かを悪者にしても、それだけで問題が解決するわけではありません。
その相手を責め続けたところで、望んでいた未来が実現するとは限らないのです。

では、どうすればよいのでしょうか。

今回の神武東征の物語から、一つの流れが見えてきます。

**うまくいかない。**そこで、まず立ち止まる。
**なぜだろう?**と考えてみる。
そして、相手の立場や周囲の状況、あるいは自分自身のあり方について、観測点を動かしてみる。

すると、これまで見えていなかった問題が、見えてくるかもしれません。

そこで、もう一度、目的を確認する。
いったい何のために、これをしているのか。
最後に、どのような未来を実現したいのか。
その目的に立ち戻ったうえで、新しい道を選ぶのです。

ここで重要なのは、単に我慢して続けることが正しいわけでも、すぐに諦めることが正しいわけでもないということです。

状況によっては、目標そのものを考え直す必要がある場合もあります。
しかし、目的がいまも大切であり、実現する価値があるのであれば、方法を変えるという選択があります。

神倭伊波礼毘古命は、浪速での戦いのあと、進路を変更されました。
その決断を、単なる迂回としてではなく、目的に至る道を問い直した出来事として読む。

そこから見えてくるものは、現代の私たちにとっても重要です。
なぜなら、人生には、誰にでも思い通りにいかないときがあるからです。

そのとき、「もう駄目だ」と考えるのか。
それとも、「なぜだろう。別の道はないだろうか」と考えるのか。

その違いが、次の未来を大きく変えていくことがあります。

失敗は、必ずしも終わりではありません。
問い直すことで、新しい道を見つける契機にもなるのです。

ここに、出口設計の大切な働きがあります。

おわりに 変えるのは「道」、変えないのは「目的」

今回の第80回七五読み古事記勉強会では、神武東征の浪速での戦いと、五瀬命の負傷、その後の進路変更について学びました。
神倭伊波礼毘古命は、思い通りに進まない現実に直面されました。
そこで、敵が悪いと責め続けるのではなく、自分たちの戦い方を問い直されました。
そして、それまでの道を改め、別の方向から大和を目指すことを選ばれました。
その決断によって、東征の物語は新しい展開へと進んでいきます。

ここで、今回の学びを、あらためて整理してみましょう。

相手を悪者にする前に、自分たちの側に改善すべきところがないかを考える。
目の前の方法にこだわるのではなく、目的に立ち戻る。
自分たちが何者であり、何のために進むのかを確かめる。
一つの痛みや失敗を、単なる犠牲として終わらせず、そこから未来を考える。
過去の出来事を記憶し、次の世代へ手渡す。
そして、古典の一文字からでも、新しい問いを立てていく。

これらは、すべて「観測点を動かす」ということにつながっています。

『古事記』の物語は、遠い昔の出来事を伝えるものです。
しかし、そこから何を学び、現代の暮らしにどう活かすのかは、いまを生きる私たち自身に委ねられています。

たとえば、家族の中で意見が合わないことがあったとします。
そこで、相手を変えようとすることだけにこだわっていたら、何も変わらないかもしれません。
しかし、家族みんなが笑顔で暮らせることが目的なのだとしたら、そこに至る道は、ほかにもあるかもしれません。

会社でも、地域でも、同じです。
本当に大切な目的があるならば、その目的に至る道は、一つである必要はありません。
だからこそ、今回の学びを、次の言葉でまとめたいと思います。

うまくいかなければ、目的を変えずに、道を変える。
それは、決して逃げることではありません。
自分たちの立ち位置を問い直し、これまでとは違う観測点から世界を眺め、より良い未来へ向かうための選択です。

そして、新しい道を選ぶことによって、それまで見えなかった景色が広がることもあります。
出口を変えるのではなく、出口に至る道を変える。
これが今回の神武東征の物語から、皆様とともに考えたかったことです。

最後に、もう一つ。
うまくいかないことがあったとき、誰かを責めることに夢中になると、かえって出口が遠くなってしまうことがあります。
そんなときこそ、ちょっと観測点を動かして、「さて、別の道はないかな?」と考えてみる。

すると、意外なところに、新しい道が見つかるかもしれません。

今回もご参加いただいた皆様、ありがとうございました。
これからも、古事記の一文字一文字を大切に読みながら、そこから生まれる問いを、皆様とともに育てていきたいと思います。

小名木善行

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