因幡の白兎の正体は「行商人」だった!? 大国主神と八十神との関係、矢上比売の意味、商流と農村の対立構造まで、古事記に隠された社会的背景を深掘りする知的探究の回です。
■ 「白兎」はウサギじゃなかった!?──根無しカズラと行商人の真相
今回取り上げた「因幡の白兎」の場面は、古事記でも特に有名なエピソードのひとつです。
しかしこの回では、単なる動物寓話にとどまらない深い社会的背景が読み解かれました。
まず、「白兎」とされる漢字「菟」は、通常使われる“兎”ではなく、“草冠+免”という「ネナシカズラ(根無し蔓)」を指す文字です。
これは、土地に根を下ろさずに各地を巡る「行商人(根無し者)」の比喩と考えられます。
つまり「裸の兎」とは、耳の長い動物ではなく、身ぐるみ剥がされ傷だらけで倒れていた行商人を指しているのです。
■ 八十神と大国主神──兄弟ではなく青年団だった!?
「八十神」とは、大国主神の兄弟とされますが、実際には出雲国の“青年団”的な集団を意味していた可能性が高いと解釈されます。
「兄弟」という語も、現代の血縁関係ではなく、「同郷の若者たち」を指していたと考えられます。
つまり、地域の若者たちが、集団で「嫁探し」の旅に出る「集団見合い」のような行動だったのです。
八上比売という名も、「たくさんの(や)」「力(か)」「大切な(み)」という要素から、複数の巫女的女性を象徴する言葉である可能性があり、単なる一人の姫ではなかったという点も見逃せません。
■ 商業と農業の対立──行商人を痛めつけた“出雲の青年団”
八十神たちは行商人を海水で洗うように指示しますが、それは実は“いじめ”だった可能性があります。
行商人は生産せずに儲ける存在として、農村社会から警戒されていたと考えられます。
「ネナシカズラ」は寄生植物であり、自らの根を持たないことが嫌われたのでしょう。
この構造は、平安・鎌倉から江戸時代にかけて繰り返された「流通業の発展と農村の疲弊」の構図と一致します。足利幕府や平家の滅亡も、商業中心主義による農村軽視が背景にあったとの指摘がされています。
■ 大国主神の“優しさ”と「結び」のちから
最後に現れた大穴牟遅神(後の大国主神)は、傷ついた行商人に正しい処置を施し、行商人は回復します。この出来事を通じて、大国主神の「慈しみ」や「知恵」といった人間性が際立ちます。
その結果、稲羽の女性たちは出雲の八十神ではなく、たった一人の“思いやりの人”である大国主神を選ぶことになります。
これは「力ある者ではなく、真に誠実な者が選ばれる」という価値観を表す物語でもあります。
以上のように、今回の勉強会では「因幡の白兎」を通して、日本神話の持つ社会的・倫理的メッセージに深く迫りました。
古事記は決して古臭いおとぎ話ではなく、今を生きる私たちへの“生き方の教科書”でもあるのです。
【七五読み】
おほくにぬしの あにおとに 故此大国主神之兄弟
いますやそがみ みなくにを 八十神坐然皆国者
おほくにぬしに さりまつる 避於大国主神
さりますゆゑは やそがみが 所以避者其八十神
おのおのいなば やがみひめ 各有欲婚稲羽之
こころをえては まかむとし 八上比売之心
ともにいなばに いきしとき 共行稲羽時
おほなむちかみ にをおわせ 於大穴牟遅神負袋
ともびととして ゐひゆきき 為従者率往
ここにけたさき いたるとき 於是到気多之前時
はだかのうさぎ ふせるなり 裸菟伏也
うさぎにいはく やそがみは 尓八十神謂其菟云
「なはこのうみの しほあびて 「汝将為者浴此海塩
たかやまのおの うえふせて 当風吹而伏
かぜにふかれて ふせておれ」 高山尾上」
ゆゑにうさぎは やそがみの 故其菟従八十神之
おしへのとほり ふせいたる 教而伏
しかしてしほの かはくまに 尓其塩隨乾
みのかはごとに かぜふかれ 其身皮悉風見
さけていたみて くるしくて 吹折故痛苦
なきふすときに おほなむち 泣伏者最後之来
さひごにきたり うさぎみて 大穴牟遅神見其菟言
「なにゆゑなれは なきふせる」 「何由、汝泣伏」
【現代語訳】
大国主神(おほくにぬしのかみ)の兄弟の八十神(やそかみ)たちは国を大穴牟遅に避って去り行きました。
去った理由は、八十神たちが、稲羽(いなば)の国の八上比売(やかみひめ)の心を得て結婚しようと共に稲羽に向かったときに、大穴牟遅神に荷袋を背負わせて、従者(ともびと)として率いていたときのことです。
八十神たちが気多の岬に着いたとき、そこに裸(はだか)の菟(うさぎ)が伏せっていました。
八十神たちはその菟に、
「お前がすべきことは、海水を浴び、高山の頂上で風にあたって伏せていることだ」と言いました。
菟が八十神の教えの通りにして伏せていると、身体の海水が乾くに従って、肌が風に吹かれてことごとく裂けてしまいました。
あまりの痛みに苦しんで泣き伏していると、最後にやって来た大穴牟遅神が菟を見て、
「どうしてお前は泣き伏しているのだ」と聞いたのです。
【スライド資料】
お忙しい中、遅くまでありがとうございました。
小名木先生、
こんなものをつくって、社内向けに解説・発表しております。
https://youtu.be/mA3ehkDvJVs