倭塾サロンメルマガ No.029 なぜ今の社会は「終わり方」を失ったのか(2026/04/20)
なぜ現代社会は「終わり方」を失ったのか。日本文化に根付く「落としどころ」と「関係性を整える知恵」から、これからの時代に必要な生き方と判断軸を考察します。
倭塾サロンメルマガ No.028 なぜ私は歴史を語ってきたのか(2026/04/13)
なぜ私は歴史を語り続けてきたのか。その答えは「人の在り方」にありました。古事記や武士道を通して見えてくるのは、過去ではなく、いまをどう生きるかという指針です。歴史と現代を結ぶ視点をお届けします。
選べない時代の正体――「決めない人間」が支配を生むという構造
選択肢があふれる現代で、なぜ人は流されるのか。その本質は「選べない」のではなく「決めていない」ことにある。武士道やシラスの思想を手がかりに、自立とは何か、そして「決めない社会が支配を生む」という構造を読み解き、出口設計という生き方を提示する。
思想の時代から姿勢の時代へ
文明の未来を決めるのは思想ではなく「姿勢」である。なぜ力の時代が終わり、信頼が世界の基準になりつつあるのか。日本文明の本質から、これからの時代を生きるための原理を解き明かす本格文明論。
断罪ではなく、整える文化としての日本武士道
断罪や善悪の二択に陥りがちな現代において、日本武士道を「思想」ではなく「姿勢」として捉え直す。死を美化せず、生き残り、責任を引き受け続けてきた武士の姿から、SNS時代に失われつつある「整える力」を問い直す論考。
イーロン・マスクの描くAIの未来と、人間の価値という問い
AIが人間の知能と労働を凌駕する時代に、私たちの価値はどこにあるのか。イーロン・マスクの予測を手がかりに、縄文社会と武士道の生き方から「生産性では測れない人間の尊厳」を問い直す。
その人は、どんな気持ちでそこへ立たされたのか
戦争の残虐性は民族性の問題なのか。それとも、人が「どのような入口から立たされたか」という構造の問題なのか。覚悟を奪われた人間が何を失い、周囲の人生までどう変えてしまうのかを、武士道と日本的思考の視点から静かに考察します。
倭塾サロンメルマガ No.011 日本語と英語、その「落差」について思うこと
日本語と英語で文章を書くときに生まれる「落差」から、日本語が持つ情感と沈黙の価値、そして論理を超えて人と響き合う日本的思考の意味を見つめ直します。共震共鳴響き合いの文明に向けた、世界のOSのアップデートの時がやってきたのです。








